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会食恐怖と給食問題について

会食恐怖を抱いている人の多くが食事に対する何かしらのネガティブ体験を経験しています。その中で比較的多く見られるのが学校給食です。

「食べるのが遅くて給食が憂鬱」、「小食でいつも給食を残してしまうから辛い」、「無理やり食べさせられた」など様々なネガティブ体験があります。

この文章を書いている私もまた、給食を残すことに対する罪悪感や周囲からの冷ややかな視線を感じてしまい、その結果、会食恐怖に苦しんだ人生を歩んできました。

そして今年になって岐阜と富山で、女性教諭による給食の完食指導で複数名の児童が嘔吐したというニュースが流れました。さらに関連ニュースとして、神奈川で起きた「まずい給食」というのも問題になりました。

学校に関連した問題については「いじめ問題」、「教員のブラック部活問題」、「体罰問題」などが山積していますが、それに加えて「給食問題」についても、しっかりと議論して対策を施していかなければいけません。

学校給食のあり方については有識者の方たちが専門知識を生かして持論を展開していますが、会食恐怖を抱いてしまった側、いわば給食の被害者側の視点から語られるというのは少ないのではないかと思います。ということで今回は、会食恐怖というフィルターを通じて学校給食について考えたいと思います。

学校給食は教育の一環

学校給食については学校給食法や食育基本法などが土台になって成り立っています。

学校給食法には、給食が児童・生徒の心身の健全な発達に役立つものであり、食に関する正しい理解と適切な判断力を養う上で重要な役割を果たすものであるという目的が示されています。

食育基本法では、「食」を通じて子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身につけることを目的とし、保護者や教育関係者などの役割、家庭や学校、地域における活動の実践等が規定されています。

つまり学校給食法や食育基本法も、給食の位置づけは子どもたちの心身の健全な発達が目的であり、給食もまた教育指導の一環として考えられています。

そのため食物アレルギーといった特別な理由がない限りは、教育的な立場から、子どもたちが偏った食生活に陥らないためにも指導する必要があり、嫌いな食べ物を克服したり、バランスよく残さず食べるように完食を促したりすることもあるのです。

冒頭にも述べた女性教諭による給食の完食指導についてですが、岐阜で起きたケースも富山で起きたケースも50代の女性教諭ということで、長年教鞭をとってきたベテランの先生だと推測できます。

両者がこれまでどういった指導を行ってきたのかは情報が少なすぎて不明確ではありますが、仮に、子どもの体調を把握することなく教育が前面に押し出されてしまうと、無理強いする形となって嘔吐させてしまったり、嘔吐までいかなくても給食に対する嫌なイメージを持ち続けてしまったりする可能性があります。

実際に、給食がきっかけで会食恐怖を感じてしまった人たちは少なからず給食の時間を否定的な目で捉えていますので、そうならざるを得なかった状態を経験したはずです。

もしかしたら岐阜や富山の事例のように先生側からの行き過ぎた給食の強要があったかもしれませんし、それに近い体験をした可能性があるかもしれません。

家庭での食事の役割

食育基本法では、学校側が給食を通じて「食」に対する様々な経験や知識を身につける役割を担っていますが、1日3食と仮定したとき、そのうちの2食分は家庭での食事となります。

つまり家庭での食育というのも欠かせません。

ただ最近は共働きの家庭が増え、少子化の流れ、核家族化と、子どもが一人で食事を取る機会というのは一昔前よりも増えてきています。それゆえ現状では家庭での食育は難しくなっているのではないかと感じます。

また何でもかんでも食育をすればいいというわけでもありません。「食事のマナーや食べ方で育ちが分かる」とは言いますが、そのマナーや食べ方が逆に苦しみを生んでしまっては元も子もありません。

例えば、子どもの食器の使い方や食べ方を一回の動作ごとに否定し続けてしまうと、逆に萎縮してしまい食事自体が恐怖対象になってしまいます。また恐怖感情を抱いている時は、自律神経系の交感神経が優位になるので、胃腸の働きが抑制されてしまい食欲がなくなって食べられなくなってしまいます。

子どもの好き嫌いは、給食での辛い体験に少なからず影響することもあるので、早い段階で無くすように心掛ける必要がありますが、過剰なほどの躾はかえって恐怖を植えつけてしまうため、子どもの性格や特徴を把握しながら上手にしつけていくことが求められます。

さらに家族構成によっては、集団で食事をする経験が乏しくなってしまうことがあります。学校給食ではグループや班を作って向かい合わせで食べることもあるので、普段からそういった機会に触れておかないといざ食事の時に普段通りの雰囲気で食べることができなくなってしまいます。

そして何よりも残した後の対応について親が子どもに伝えておく必要があります。普段は完食していても体調不良や何かしらの理由で残してしまうこともあるでしょう。その時に申し訳なさが強く表れてしまうと、「次は残さないように」と強く思ってしまい、会食恐怖へと繋がってしまう可能性があります。

残すことに対する申し訳なさというのは「食」に対する感謝があってのことなので、そのように思うことはとても素晴らしいことです。

しかしそう思ってしまうことが、かえって本人を苦しめてしまうのであれば、物事の捉え方を変えたり、解釈や意味づけを別のものにしたりする工夫が必要です。

人によって囚われの度合いが異なります。一番近くで見ている親が子どもの状態をつぶさに観察し、囚われすぎないように支えることで会食恐怖に陥るリスクを軽減することができると思います。

学校給食を語る難しさ

給食を巡る問題は学校側、保護者側、そして児童・生徒側のそれぞれの視点に立って多面的に捉える必要があり、一緒くたにして考えることはできません。

単純に学校給食は子どもの空腹を満たせばよいというものではなく、法律に則って、心身の健全な発達に必要不可欠な栄養素を摂取する必要があるのです。だからこそ栄養バランスのとれた献立が存在するわけです。

また給食自体が教育の一環であることから、食物アレルギーといった特別な理由がなければ、学校側も児童・生徒に対してはなるべく残さず食べるように指導する必要があります。

ところが法律や教育のカリキュラムがそうであっても、教育現場では一筋縄ではいかず児童や生徒全員が同じ分量を限られた時間で食べきれるかというとそうではなく、早く食べきれる子どももいれば食べきれない子どももいます。

いくら「飢餓に苦しんでいる世界の子供のことを考えて」と言われても、そもそもの体質というのがあるので無理強いは危険行為なのです。

そして教師側も給食の時間という限られたなかで、特定の子どもに付きっ切りに対応できるわけではなく、また子どもたちは給食を楽しんでいるという先入観を持ちながら教室全体を観察しているので、子どもの心理的状況や身体状態について気づきにくいのが実態だと思います。

しばしば会食恐怖を抱える人たちが、「給食が食べられなくなってしまう状況が会食恐怖と呼ばれていることを知らずに過ごしてきた」という声も多く、ましてや小さい頃に会食恐怖に陥ってしまうことが比較的多いため、本人もそれが病気という認識ではなく性格の一部として捉えるので、対応が後手後手になってしまうことが往々にしてあります。

さらに保護者の視点から考えれば、子どもが家では問題なく食事ができるのに学校給食になるとできなくなることについて、「問題の所在が学校側にあるのでは」という疑問を持ちやすくなり、保護者と学校の連携がうまく機能しなくなってしまいます。

子ども自身も、「残そうと思って残している」というのはほぼ稀で、むしろ「残したくないけれど仕方なく残してしまっている」というのが大半なのではないでしょうか。その結果、給食の時間が苦痛になってしまい、それが大人になっても残り続け日常生活や社会参加において悪影響を及ぼしてしまいます。

何かしらの理由で給食が食べられないと、集団生活を強いられる学校生活の中では、その子がいじめの対象になってしまうケースも少なくありません。ましてや教師が児童・生徒に無理やり食べさせて嘔吐するようなことが起きれば、ますますその子がいじめられやすくなってしまい、場合によっては不登校になってしまうケースも考えられるでしょう。

学校給食というのはまさに時計の歯車のように、一つひとつのパーツが上手くかみ合わないと機能せず、意味をなさなくなってしまうのです。

会食恐怖を抱いてしまうきっかけのひとつに学校給食があります。

給食については、「世界には満足に食べられない人たちがいるから残さず食べるように」という声がある一方で「給食だからといって無理やり食べさせるのはいけない」という声もあり、給食を巡る指導法については様々な意見があります。

ただ学校給食が会食恐怖を招いてしまうことを考えると、児童・生徒の心身の健全な発達に役立つどころが逆に不健全なものとなってしまっています。この現状に対して何かしらの対策を講じる必要があるでしょう。

そのためには学校側、保護者側、児童・生徒側のそれぞれの立場にたった視点を抜きにして語ることはできません。そして何よりも会食恐怖という実態について、その知識や知見を広く伝えていくことが求められます。

会食恐怖と一言に言っても様々なパターンが確認されているため、当事者の状態を見極めて適切な治療に結びつける必要がありますが、それ以前に「学校給食によって会食恐怖になってしまう」というケースがあることを、多くの大人に知ってほしいと思います。

物事を知っている状態で対策が進むのと何も知らずに手探りのまま進むのでは、その後の状況の変化に大きな差となって現れます。

学校給食というのは良くも悪くも思い出になっていることが多く、給食の問題点については時代と共に改善されてきている部分もありますが、給食の在り方についてはまだ改善の余地が残っていますので、最近話題になっている給食問題をきっかけに有意義な意見が上がることを期待したいです。

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