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過剰同調性とは!?相手に合わせすぎてしまう人たち

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近頃あまり使われていない言葉だと思いますが、一昔前に「KY」という言葉が流行りました。「空気が読めない」の頭文字を取ってKYということでしたが、多くの人はその場の雰囲気というものに対して一定以上の配慮を示します。

特に日本人の場合、文化的な背景から考えても周りとの調和や秩序をはかり、場を乱すようなことには嫌悪や不快を感じやすい国民性を持っています。

そしてこのような文化的な背景だからこそ、場を乱すような人、場の空気を読まなさすぎる人というのは白い目で見られ、なるべく関わりたくないと思う人の方が多いことでしょう。

ではその反対に、場の空気を読みすぎてしまう人というのは良しとされるのでしょうか。

実は空気を読みすぎてしまう人というのもまた問題であり、そのような場の空気を読みすぎてしまうことで悩みや苦しみを抱えやすくなってしまいます。

今回は、空気を読みすぎてしまう人に焦点を当てて、どうして空気を読みすぎてしまうのかということを見ていきたいと思います。

過剰同調性を持つ人たち

空気を読み過ぎてしまう人たちには、「過剰同調性」という性質が見受けられる傾向があります。

過剰同調性という言葉を初めて聞く人もいれば、言葉から類推してなんとなくイメージできる人もいると思いますが、この記事を見つけて頂いたということは、少なからず過剰同調性という言葉を一度はどこかで目にしたり聞いたりして辿りついたのではないかと思います。

過剰同調性とは、自己の同一性が乏しいために相手の表情をすぐに読み取って機嫌を損ねないようにしたり、周りの雰囲気を察して無意識的に自分をなくして周囲に合わせたりする性質をいいます。

この過剰同調性という言葉自体は、「解離性障害群」や最近注目を浴びている「HSP」という人の特性について語る時にしばしば目にするワードではありますが、周囲に対して過剰なほど合わせることが過剰同調性なのかと言うと実はそうではありません。

周囲に合わせると言うことであれば「過剰適応」という言葉もあります。自分を抑えて周囲の環境に適応しようとする様を指し示しますが、では過剰同調性と過剰適応は違うものなのでしょうか。

私個人の解釈では両者の違いはこのように捉えています。

「過剰同調性」というのは感情や気持ちというものが自分と相手という関係性の中において、相手の感情が自分の感情を押しのけて中に入ってきて、同調してしまう様子を指し示します。

その一方で、「過剰適応」というのは自分の感情を維持しながらも相手の感情に対して合わせようとする様子として捉えることができるのではないかと認識しています。

実際に過剰同調性を抱えている人またその傾向にある人は、同調性のイメージを「相手の心が自分の心になだれ込んでくる」、「まるで水のように自分の心に相手の心が流れてくる」といった表現をすることがあります。

表面的にみれば、過剰同調性も過剰適応も本来の自分の姿を見失ってしまうという点では共通するものがあり、両者が混同されてしまうのは不思議ではありません。

しかし同調行動(過剰同調)や適応行動(過剰適応)というのは、よく見れば区別できるものであり、さらに付け加えれば同調行動の方が強制力のイメージが強いのではないかと感じます。

過剰同調性が生まれる背景について

過剰同調性を持つ人は、自分の主張や考えを相手に伝えることもなければ、相手にとって都合のよい人になりきることもあります。

また相手に対して攻撃的な態度を取ることも比較的少なく、どちらかというと自責の念に駆られることがあり自罰傾向にあることが多いです。

しかしそういった行動を取り続けてしまうと、自分の人生に対して主体性を持って歩むことができず、いつまでも自分の気持ちを偽り続けることで心が疲弊してしまいます。また疲れが体に表れ「慢性疲労症候群」に陥る人もいます。

ではどうして過剰同調性になってしまうのでしょうか。過剰同調性が生まれる背景について見ていきたいと思います。

過剰同調性を生む背景や土壌となるものは幼少期の親子関係にあることが多いと言われています。

  • 親や養育者による家庭内暴力
  • 本音を言えない親子関係
  • 親や養育者の意向をうかがうような行動(いい子症候群)
  • 自分の意見や考え方を言っても意味がない家庭状況

こういった家庭環境で幼少期を過ごすと過剰同調性を引き起こしてしまう可能性があります。

さらに、もともと生まれつきの素質として周囲のものごとに対して敏感に反応しやすかったりすると、その分だけ過剰同調性になりやすく、結果的に自分自身のひとつの特性として過剰同調性を身につけてしまうのです。

なぜ家庭環境がここまで影響してくるのかというと、特に幼少期という時期は、どうしても親の保護や管理のもとで過ごさなければいけません。逃げたいと思う状況であっても逃げられるわけではないので、先程列挙した条件が整ってしまうと無理にでも親に合わせた方が都合がいいと解釈するようになります。

次第にその考え方が親以外の人にも及び、とにかく相手に合わせて同調した方がいいと思うようになります。幼少期の頃なら学校の先生であったり年に数回会う親戚であったり、身近な大人に対して同調するようになり段々と同年齢の人に対してもそのような行動を取っていきます。

そして同調するものは行動だけではなく、相手の感情に対しても同調するようになっていきますので、次第に周りの雰囲気を察して無意識に自分をなくして相手に合わせたりするのです。

過剰同調性がもたらす想像の力

過剰同調性を持つ人は、現実世界に対して虚無感を覚えてしまうことがありますが、その反面、妄想にふけったり空想の世界に逃避したりすることがあります。

自分の想像力を働かせ、空想の世界に枯れた大地にたたずむオアシスのような疲れた心を癒す憩いの場所を求めるようになります。

結果的には、その想像力が現実世界に匹敵するぐらいのリアリティを生み、また他の人が考えもしなかったことを考えるようになることもあります。

ただ想像力の高さというものは、相手の数手先の行動を推測する力にもなります。使い方を間違えてしまえば、本当の自分をさらけ出すことができずに、いつまでもたっても自分を苦しめてしまうものになってしまいます。

物事にはプラスとマイナスがあるように、過剰同調性に関してもどんな相手に対しても同調しすぎてしまうというマイナスの部分と、他の人が考えつかないようなことも考えられる想像力というプラスの部分を持っています。

現実の世界で傷つきやすい過剰同調性の人は、自分が創りだした空想の世界に存在する人こそ唯一信頼に値する人であると思ってしまえば、その世界から抜け出せなくなってしまいます。実際に私たちが住んでいるのは生身の人間が生活している世界であり、いつまでも空想の世界に逃避することはできないことを知っておく必要があるでしょう。

過剰同調性を持つ人というのは、相手の動作、仕草、振舞い、声のトーン、顔の表情などを瞬時に読み取る力があります。そのため表面的には他者に嫌われない処世術を身につけているように見えますが、こうした状態が続いてしまえば、当然、対人関係に対して敏感になり疲れやすくなってしまいます。

過剰同調性が生まれる背景には、親の顔色をうかがわなければいけなかったこと、自分の意見や考え方を言っても無意味な状況にあったこと、加えて愛情不足であったり過剰なまでの恐怖心であったりと、表面から見えづらい部分が大きく関係しています。

そのため過剰同調性を短期間で改善することは難しいと言わざるを得ませんが、必ずしも改善できないということではありません。

過剰同調性を持っている人は、自分の本音を抑え込み我慢し続けて自分自身を苦しめていますので、改善するための足掛かりとして、自分の嫌なことは嫌であると意識的に発信するよう心掛けていく必要があるでしょう。

人間は本来、主体性を持って自らの行動を選択できる力を持っています。もし持っていなければ、今この世に自分という人間は存在しないことになってしまいます。これまでの人生を、少なからず自分で判断してきたからこそ今を生き抜いているのです。

さらに言えば主体的に生きているという感覚は、自分の幸福感を向上させることにも大きく関わってきます。ところが皮肉なことに、過剰同調性に見られるような、相手に合わせて生きる生き方というのは、自分の幸福感を得られないまま生きているのと同じことを意味しています。

もし今、過剰同調性の特性に苦しんでいるのであれば、少しでも緩和、改善していくために日々の生活において自分の気持ちに正直でいられるようにしていくことが望ましいと言えるでしょう。

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