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真面目すぎる人が持ちたい3つの考え方とは!?

皆さんは真面目というとどういう印象を受けますか。

「時間や約束事をしっかり守る」、「先生や親の言うことをよく聞く」といった長所として語られるものから「融通が利かない」、「堅苦しい」、「面白みがない」といった短所として語られることもあるでしょう。

ただ、うつ病が多くの人に認知されている今、うつ病(特に古典型うつ病)になりやすい性格として真面目という部分が取り上げられ、また不安障害になりやすい性格としても真面目が結びついているので、精神疾患の視点から捉えると真面目は損であるというイメージが強くあると思います。

私自身も根が真面目な部分があって、事あるごとに社交不安障害に苦しめられた経験を考えると、少しずつでもいいので真面目な性格を変えていかなければいけないのかなと感じています。しかしそうは言っても性格を変えるというのは容易なことではありませんよね。

むしろこれまで生きてきた自分自身を否定する形にもなりうるので、性格を変えるというよりは物事の見方を変えたり、真面目の良い部分に焦点を当てて自己肯定感を高めたりすることが現実的な解決の糸口になってくると感じます。

では具体的にどのようにしていけばいいのでしょうか。今回は物事の見方を変えたり、真面目の良い部分に焦点を当てたりするために、真面目すぎる人が持ちたい考え方というのを自体験を踏まえて紹介していきます。

真面目すぎる人たちが持ちたい3つの考え方

失敗しても大丈夫

真面目すぎると「失敗することが悪い」という先入観に縛られてしまう時があります。ほんの些細なミスであっても「失敗しちゃった、どうしよう」とか「次も同じ失敗をしたら嫌だな」とか、あれこれ深く考えすぎてしまってずっと引きずってしまう傾向にあります。

もちろんミスといっても大なり小なりあると思います。真面目すぎない人でも大きな失敗で凹んでしまうこともあるでしょう。しかし真面目な性格の持ち主は小さな失敗であっても気になってしまい、失敗に囚われすぎてまた別のことで失敗を犯すという悪循環に陥りやすいのです。

私自身もこの悪循環にはまったことが何度もあります。仕事でほんの些細なミスから始まり、そのミスをしたことが頭から離れずに次の作業でもミスをしてしまい、まさにミスがミスを呼ぶ状態で、いつのまにか悪循環にはまり自己否定の連続でした。

しかしそんな時、誰だって失敗はするし失敗した後にどう立ち回るかが重要であることに気づかされ、たとえ失敗をしたとしても、それをひとつの経験として次に活かすような姿勢をとるように心がけるようになりました。

もちろん失敗しないほうがいいのですが、その時の状況次第では自分の能力関係なしに失敗してしまうこともあるでしょう。そういった時こそ、「失敗しても大丈夫」という気持ちを持って、変えられない過去を憂うのではなく変えられる未来に繋げていく必要があります。

自分のなかに主体性を持つ

性格というと遺伝的な要因も関係してきますが、それと同じくらい関係しているのが生育環境です。

真面目という性格は、ある意味で真面目にならざるを得なかった、真面目に生きるということでしか自分に価値を見出せない可能性があったかもしれません。

どういうことかというと、真面目な印象を受ける人というのは親や先生の言うことをしっかりと聞いたり、決められた規律を守ってきたりした人だと思います。つまり行動的に見れば、自分の気持ちよりも相手の気持ちや立場になって行動してきたということなので、生き方としては自分主体ではなく相手主体に生きてきたと言わざるを得ません。

当然、相手から見れば真面目な人というのはすごく助かる存在です。例えば、学校という空間を考えた時、そこには色々な考え方をする生徒が集まっています。頻繁に問題を起こす生徒もいれば、先生の指示にしっかりと従って手のかからない生徒もいます。先生の心境を考えた時、授業以外の煩雑な仕事もあるなかで、できれば生徒には自分の指示に従ってもらった方が助かります。

そのなかでいち早く先生の気持ちを汲み取って、それに沿った行動をできる性格の持ち主こそ真面目な人たちなのです。またそのような行動を取ることで真面目な人もまた自分を必要とされている人間だと感じるようになり、必然的に真面目という部分が強化されていくのです。

ただ残念なことに、社会という荒波に出た時には真面目な性格が時として足枷になってしまい、なかには真面目な性格を利用する輩もいて自分主体で生きていかない限りはいつまでも苦しい状態が続いてしまいます。

相手の気持ちを理解することも大切ですが、それ以上に自分の幸せを第一に考えた自分に主体性を持った生き方を考えることも大切なのです。特に真面目な人ほど相手に自分の主導権を渡していることが多いので、もう少し自分よりに物事を考えていくべきでしょう。

完璧を目指さない

真面目な人は頼まれた物事を完璧に仕上げようと努力する人たちが多いです。だからこそ、真面目な人の中には完璧主義的な思考を持ち合わせていることが多く見受けられます。

ところがどんなことも完璧に仕上げるというのは難しいものがあります。時間的な制約であったり能力的な制約であったり、あるいは人によってどういう状態を完璧と指すのかということもあったりします。

学術的な世界では100%のものを目指して論文が書き終わらないよりは、70%の出来でも論文が書き終わることの方が良いと言われます。それはいかに早く自分の研究内容を世界に発表しなければ評価されないからです。完璧を求めるあまり細部まで完璧に仕上げようとすると、どうしても時間がかかってしまいます。しかし時にはスピードも必要なのです。

真面目にやろうと完璧を目指した結果、それに見合わない評価を受けた場合は精神的なダメージも大きいのではないでしょうか。真面目な人はどのように思われているかということに関して敏感な部分もありますので、予想外の評価に心を傷める可能性も否定できません。

だからこそ完璧を目指すのではなく、バランスを考えて「このくらいでもいいんだ」という線引きできるモノの見方を身に付けられると変わってくると思います。

真面目すぎることで他人からどのように思われているのかということに一喜一憂したり、相手の期待に応えようとしすぎて無理を続けてしまったり、視点が自分ではなく他人に向いていると絶えずに緊張状態に置かれてしまうことがあります。

過度な緊張はミスを誘発させやすくなります。ミスが続けば自分に自信が持てなくなったり、ミスを恐れて回避行動をとったりします。

しかし完璧な人間なんていません。それは誰しも感じていることでしょう。失敗した後にどう取り組むのか、また失敗から何を学ぶのか、そういう姿勢を人は評価するのではないかと思います。

真面目という性格は悪いものではありません。もし今の社会が不真面目の集まりだったら、社会の秩序というのは崩壊してしまいます。真面目な人がいるから社会が成り立っていることを忘れてはいけません。

ただ社会的な枠組みや規律を守ることは大切ですが、守りすぎることは時として自分を苦しめることにつながることを認識しておかなければいけません。

何事も過剰になり過ぎるとコントロールを失ってしまいます。もちろんそれは真面目すぎる人にも十分に当てはまることです。そうならないためにも、過剰な部分を自分で認識し、物事の見方や考え方というのを少しづつ変えて本当の自分らしさというのを感じられるといいなと思います。

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