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パーソナリティ障害とはどんな病気!?種類、特徴、対処法について

人にはパーソナリティ(人格)と呼ばれる、個人そのものを表す特徴が存在します。

言葉づかい、振る舞い、モノの見方、感情表現の仕方、他者との関わり方などがそうであり、パーソナリティによって私たちは一人ひとり違う存在であることがわかります。

パーソナリティとは本来、その人が歩んできた人生の中で形成されたその人の人柄でもあり、そう簡単に変えることは難しく、また無理に変える必要性もありません。

ところがこのパーソナリティが極端に偏ってしまい、それがもとで社会の中で生きていくには邪魔になってしまうケースがあります。それがパーソナリティ障害というものです。

特にパーソナリティ障害を抱えている人の考え方、感じ方、理解の仕方、愛し方などは良い意味でも悪い意味でも際立っており、それが土台にあるため、他人や社会を信じることができなかったり、自分自身や周囲を傷つけたり、はたまた社会の法を破ったりすることもあります。

当事者個人だけの問題でとどまるケースもあれば、周囲を巻き込み大惨事に発展するケースもあるため、パーソナリティ障害でない人も知識として知っておく必要があるでしょう。

今回、パーソナリティ障害とは一体何か、その種類、特徴、周囲の人の接し方や対処法などを中心に紹介していこうと思います。

パーソナリティ障害群

パーソナリティ障害と一言に言っても共通する特徴もあれば、表れ方が異なっているものもあり、一括りにすることはできませんが、いくつかの大きな群に分けて考えることができます。

それぞれA群、B群、C群に分けてその特徴を見ていこうと思いますが、その前にパーソナリティ障害全般に言えることを簡単に見ていきましょう。

『DSM-5』によれば以下のような診断基準を設けています。

  1. その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った,内的体験および行動の持続的様式,この様式は以下のうち2つ(またはそれ以上)の領域に現れる。
    • 認知(すなわち,自己,他者,および出来事を知覚し解釈する仕方)
    • 感情性(すなわち,情動反応の範囲,強さ,不安定さ,および適切さ)
    • 対人関係機能
    • 衝動の制御
  2. その持続的様式は,柔軟性がなく,個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている。
  3. その持続的様式は,臨床的に意味のある苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
  4. その様式は,安定し,長時間続いており,その始まりは少なくとも青年期または成人期早期にまでさかのぼることができる。
  5. その持続的様式は,他の精神疾患の表れ,またはその結果ではうまく説明されない。
  6. その持続的様式は,物質(例:乱用薬物,医薬品)または他の医学的疾患(例:頭部外傷)の直接的な生理学的作用によるものではない。

-American Psychiatric Association(高橋三郎、大野裕、染矢俊幸ほか訳)『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引』医学書院より引用-

どのパーソナリティ障害も偏った考え方やそれに伴う行動様式のために、社会的にも職業的にも支障をきたしている状態にあります。さらに一歩踏み込んでA群、B群、C群にカテゴライズされるタイプをそれぞれ見ていくと以下のように分類されます。

A群に属するパーソナリティ障害は、猜疑性(妄想性)パーソナリティ障害、シゾイドパーソナリティ障害、統合失調型パーソナリティ障害の3つです。ここに含まれるパーソナリティ障害の特徴としては奇妙で変わった考え方、感じ方、行動が特徴です。

B群に属するパーソナリティ障害は、反社会性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害、演技性パーソナリティ障害の4つです。ここに含まれるパーソナリティ障害の特徴としては周囲が驚くほど感情が極端に変化したり、正常の範囲を超えて行動が変化したりすることが特徴です。

C群に属するパーソナリティ障害は、回避性パーソナリティ障害、依存性パーソナリティ障害、強迫性パーソナリティ障害の3つです。ここに含まれるパーソナリティ障害の特徴は不安や恐怖が極端すぎて絶えず何かに怯えているのが特徴です。

では個々のパーソナリティ障害を見ていきましょう。

猜疑性(妄想性)パーソナリティ障害

猜疑性(妄想性)パーソナリティ障害を持つ人たちは、他人に対して不信感を抱いており、心から人を信じることができません。

それは近親者に対しても同様で、常に裏切られるかもしれないという思いに駆られ、時には相手を執拗に監視したり、ストーカー行為をしたりすることもあります。

このタイプの人は、用心深くて人と簡単に打ち解けられず、考えを表に出さない秘密主義的な傾向を持っています。

また根底には人を信じることができないという心理が働いているので、相手の心を支配しようとする気持ちに傾きやすく、それが問題行動や権力による支配へと繋がっていきます。

猜疑性(妄想性)パーソナリティ障害の人は、他人の行動や心理を把握しようとする洞察力に長けていることがありますが、その洞察力を他者に対する気配りであったり配慮であったり、プラスの方へ活用することができれば克服への足掛かりとなります。

シゾイド(スキゾイド)パーソナリティ障害

シゾイドというのは統合失調質傾向という意味です。このパーソナリティ障害を持つ人たちは、他人との接触や関係を持ちたいと思わず、極端に孤独を求めます。また彼らにとっては配偶者を求めることよりも、自分の世界を守ることを最優先としています。

対人接触を拒むパーソナリティ障害は他にもありますが、このタイプは対人接触を拒むという表現よりも、もとから孤独な環境の方が好きで、いわば世捨て人です。

そのため静かで淡々とした生活スタイルになりやすく、贅沢に走ることもなければ私利私欲のために行動することもありません。

喜怒哀楽の感情表現が淡ぱくなので周囲の人から見れば冷淡で面白みのない人物像に映ってしまいますが、実は内面は非常に豊かで独特の感性を持ち合わせていることが多いです。

人に対して深い関係を持とうとしないので、基本的には人を欺くということもしなければ、嘘もつかず、悪口なども言いません。他者に危害を加えない良心的な部分を持っていますが、如何せん周囲と協力して仕事や作業することを嫌うので、周りの人は、シゾイド(スキゾイド)パーソナリティ障害の人が持つ独自の世界や雰囲気を壊さぬように、丁寧に接していかなければいけません。

統合失調型パーソナリティ障害

統合失調型パーソナリティ障害を持つ人たちは、一言で言えば空想の世界で生きている人です。彼らは空想の世界で生きているため、現実の世界で生きている人から見れば、奇妙で奇抜、風変わりに映ってしまいます。

このタイプは常に頭の中で誰かと対話していたり、自分に向かって語りかけていたりするので、その様子が他者には理解できず、孤立しやすい傾向にあります。周囲との孤立が深まってしまうと、より一層妄想的になってしまい被害妄想を抱きやすくなってしまいます。

ところで、先ほど登場したシゾイド(スキゾイド)パーソナリティ障害とこの統合失調型パーソナリティ障害はどう違うのか疑問に思った人もいると思います。

パーソナリティ障害に詳しい岡田尊司医師によれば、統合失調型パーソナリティ障害は統合失調症に近い状態、あるいは両者は遺伝的な素質が同じく環境的因子で発症が抑えられている状態として考えられることを指摘しています。つまり統合失調症の前段階に統合失調型パーソナリティ障害が存在するということが言えます。現に、数あるパーソナリティ障害の中でもこのタイプは比較的遺伝的要因が大きいと言われています。

一方でシゾイド(スキゾイド)パーソナリティ障害についてですが、このタイプもまた統合失調症の前段階に位置することがあり、統合失調症の発症前に基準が満たされていれば、「シゾイド(スキゾイド)パーソナリティ障害(病前)」とすることがあります。

当事者のエピソードなどを客観的に見て、統合失調型とシゾイド(スキゾイド)の違いを明らかにするならば、その行動様式に差があるのではないかと思います。

繰り返しにはなりますが、シゾイド(スキゾイド)タイプの方は人に対して関わりを持ちたいと思いません。そのため本人は家族さえも関係を持ちたいと思わず、結婚という選択肢も眼中になく一生涯独身であったり、人との交流を一切遮断した隠居生活のようなライフスタイルを送ります。

その反面、統合失調型タイプは確かに対人関係の欠如は見られるものの、彼らは自分自身が周囲とうまく溶け込めないと感じていたり、マイペース人間であったりするので、その点を周りがどう受け止めるか、受け止め方次第で本人との付き合いが可能になります。シゾイド(スキゾイド)タイプは親でさえも親密な繋がりを持つのが困難でしたが、統合失調型タイプは親なら大丈夫というケースはあります。

また統合失調型パーソナリティ障害の人は、現実的なことに対処する能力が低く、感覚もまたずれていることが多々あります。しかしながらインスピレーションに富み、アイデアマンの側面をもっているので、そのアイデアを現実的に落とし込んでくれるようなサポーターが傍にいることで、このタイプは自分の持ち味を発揮することが可能になります。

もちろん本人が現実と空想のバランス感覚を身につける必要性はあるものの、他者とのやり取りを拒んでいる感じではなく自滅的な思考によってそのように見えてしまっているので、改善の余地は十分にあるように感じます。

反社会性パーソナリティ障害

反社会性パーソナリティ障害を持つ人たちは、平気で他人を傷つけたり容易に法律を破ったりします。

このタイプを持つ人は、幼少期の早い段階から虐待されたり育児放棄されたりした経験を持ち合わせています。そのためこういう人は世の中に存在する社会的規範というものに対して軽視しやすく、むしろ嘘やごまかし、欺き、盗みなどの行為は生き抜くために必要なものと考えているので、良心の呵責や後悔の念を持つことはほとんどありません。時には法律を破ることに対して一種の快感さえも覚えます。

人間社会には様々な人が存在して、一つのコミュニティを形成していますが、そのコミュニティには破ってはいけないタブーが存在し、それは誰しも守らなければいけない掟でもあります。ところが反社会性パーソナリティ障害の人は、そういったタブーに対する観念が欠如しており、タブーの重要性を説いても響かないのです。

また彼らは自分自身が反社会性パーソナリティ障害を持っているという意識が低く、自分から治療を受けようと試みることは少ないです。さらに言えば、周囲の人たちもなるべく関わりたくないと思っているので、ますます治療から遠ざかってしまいます。

反社会性パーソナリティ障害と診断されるには少なくとも18歳以上であることが必要なので、やはり幼少期や思春期においてそういう兆候が見られた段階での対応が求められるでしょう。

境界性パーソナリティ障害

境界性パーソナリティ障害を持つ人たちは、極端で頻繁な気分の変動や悪い自己イメージ、対人関係問題を抱えていることが多いです。

近年、急激に増えているパーソナリティ障害の一つであり、BPDと略された言葉で見かけることが多いかもしれません。

ところで境界(ボーダーライン)とは何を指し示すのでしょうか。この言葉は精神病と神経症の境い目を表しています。病気と正常の境い目ということではありません。

余談ではありますが、今日では精神病や神経症という言葉自体使われなくなってきており、その境い目も薄れてきているように感じますが、歴史上もっとも有名な精神科医とも言えるフロイトは精神病と神経症について、精神病は精神分析によって治療不可能、神経症は治療可能と考えていました。

精神分析による治療というのは治療者と患者のコミュニケーションを介して行う治療方法で、それがパーソナリティ障害に適応できるのかどうかという意味でも、まさに境い目の部分、曖昧な立ち位置にあったということなのです。

現代に至るまでパーソナリティ障害に関する研究が積極的に行われ、境界性パーソナリティ障害の中には他のタイプのパーソナリティ障害やその他の精神疾患が混ざっていることがしばしばあり、さらに医師側がパーソナリティ障害を何でもかんでも境界性と診断してしまう問題もでています。

医者でさえそうなのだから、ほぼ何も知識がない一般の人が理解しづらいのも当たり前であるような気がします。

境界性パーソナリティ障害についてもう少し具体的に見ていくと、不安定な気分になりやすく、昨日最高の気分だったのに、今日になってみたらどん底の気分になっていたということが往々にしてあります。この両極端に揺れ動く気分は対人関係にも見られます。

境界性パーソナリティ障害を持つ人は幼少期の頃、親からの愛情を満足に受けてこなかったという経験があるので、愛情に飢えている傾向があります。そのため理想的な相手像として、自分を支えてくれて、かつ愛情を満たしてくれる人を求めます。

ひとたびそういった相手が見つかると、相手に対して過剰なほどの期待をかけどんどん依存していくようになります。しかし相手も相手の人生があります。依存度が高まる一方で、うっとうしく感じてしまい、次第に境界性パーソナリティ障害を持つ人から距離を置こうとします。

ところが当事者である本人は、見捨てられるのではないかという不安に駆られ、相手を引きとめるために関心を引く行動を取ります。その例が自傷行為や自殺企図です。自傷行為や自殺企図は、一時的には相手の心配や関心を引きますが、その関心が絶えず続くことはないので、また周囲の関心を引くために自傷行為や自殺企図を繰り返してしまうのです。

こうした対人行動を取ってしまうので、本人も精神的にも肉体的にも疲弊し、また周囲にいる人も同じく疲弊していくのです。

自己愛性パーソナリティ障害

自己愛性パーソナリティ障害を持つ人たちは、自分が他人よりも特別な存在で、他人は自分を賛美するべきだと信じています。

このタイプは、自分は特別な存在なのだという意識が言葉や態度から見て分かるので、自慢話や注目をひく服装を着こなすことが多いのも特徴です。

自慢話だけで済めばいいのですが、このようなタイプの方は他者に対する共感性の欠如が指摘されていますので、職場の上司であったり親であったりすると、周りを召使いやお手伝いさんのように扱い、ほんの些細なことでも怒号を浴びせたり罵倒したりして、周囲を困らせることが多々あります。

また心の中では絶えず自分は特別な存在であることを疑いませんので、周囲の迷惑を気にすることなく、外出先でお店の順番待ちができず列の途中に割り込んだり、店側のサービスに満足できずに大騒ぎしたりするケースもあり厄介です。

自己愛性パーソナリティ障害を持つ人は、視点が自分の中に向いていることが大半なので周囲の助言や教えを聞こうとしません。ゆえに、少しでも周囲の助言や教えを聞こうという姿勢があれば克服の足掛かりになると言えます。

演技性パーソナリティ障害

演技性パーソナリティ障害を持つ人たちは、常に他者からの承認を求めるために、外見や言動、その他の方法を用いて自身への注意を引こうとします。

そのためどんな相手にも素の自分を見せることもなく、その時々で周りにアピールするために様々な役になりきります。時には自分がついた嘘に酔ってしまい、その嘘さえも信じて虚構と現実の境い目が分からなくなってしまうこともあるのです。

またこのタイプは男女とも性的な行動も多く、誘惑的になったり挑発的になったり、波乱に富んだ恋愛遍歴を重ねることがあります。落ち着いて家庭に収まるタイプでもないので、自分自身が落ち着けるような場所が少なく、常に心が不安定になりやすい傾向があるとも言えるでしょう。

演技性パーソナリティ障害を持つ人は対人関係の範囲が決して狭いというわけではありません。しかし本人は対人関係を実際以上に親密なものと思っており、例えば、数回会った人でも親友であると言うこともあって、関わりを持った人から煙たがられたり鬱陶しく思われたりしてしまうのです。また新しい刺激や興奮を次々に求めやすいので、長期的な人間関係を築きにくく、友人関係も長続きしないことのほうが多いです。

しかしながら中身がしっかりとした人が傍にいることで幸せを掴むことができます。外向的な行動スタイルの中でいかにそういった人と出会うかが重要になるでしょう。

回避性パーソナリティ障害

回避性パーソナリティ障害を持つ人たちは、他者からの否定に対して極端に傷つきやすく、失敗することに対して極度に恐れます。

当サイトでも度々取り上げている社交不安障害とも関連が深く、重度の社交不安障害と回避性パーソナリティ障害は重なる部分も多いとされています。

このタイプは基本的に自分に対する自信の欠如、それに伴う回避行動が顕著です。「失敗するぐらいなら最初からやらなければいい」と思うこともしばしばあります。対象となる領域は人間関係にとどまらず、お店で新商品を購入することや、何か新しいことを始めたりすることに対しても躊躇してしまいます。

何故これほどまで自分に対する自信が無かったり、回避性が強く表れてしまったりするのかと言えば、その原因となっているのは主に、親からの否定的な態度やいじめによるトラウマ体験です。

家庭環境や学校というのは本人にとっては逃げ場のない環境になりやすく、また本人の性格上、その環境に耐え続けてきた我慢強さが裏目に出てしまい、結果的に、何もかも嫌になり自分を支えられない状態になっているのです。

本来であれば回避性パーソナリティ障害になる前に、逃げ道を用意したり、安心できる居場所を確保できていたりすれば良かったのですが、そうできなかった反動が強い回避行動、そして社会的な問題として取り上げられることの多いひきこもりに繋がっているのです。

ではどのように周囲の人は接していけばいいのでしょうか。回避性パーソナリティ障害を持つ人は、本心では人との関係を持ちたい、何か新しいことにチャレンジしたいと思っています。しかしそれが心理的に強い不安や恐怖で抑えつけられている状態で一歩を踏み出せずにいる段階にいます。そのため本人の主体性を尊重しつつ、チャレンジできる環境を整えてあげることが求められるでしょう。

依存性パーソナリティ障害

依存性パーソナリティ障害を持つ人たちは、面倒を見てもらいたいという持続的な欲求があります。

このタイプは一人でいることが苦手で、いつも誰かが傍にいないと強い不安を感じてしまいます。また行動する時にも常に他人と一緒でなければならず、他人の助言がなければ何一つ決定できないということも多々あります。

依存性パーソナリティ障害が問題視されるのは、その依存する相手によって人生が大きく左右されてしまうからです。この世に存在する全ての人が善人というわけではありません。それゆえ反社会的、反道徳的な相手を依存対象にしてしまうと、自身もそれに染まってしまい、破滅的な人生を送りかねなくなってしまいます。

宗教も同様です。宗教活動に嵌りすぎてしまうことで夫婦問題や離婚問題など家庭が崩壊してしまうことも少なくありません。

依存性パーソナリティ障害の人は、傾向としてついつい自分の気持ちを抑えてしまいがちです。これまでの人生で自分の気持ちを素直に言えるような環境ではなかったことも関係していますが、その自分の気持ちを開放することが克服のきっかけにも繋がっていきます。

人任せの人生では自分が願った幸せを手にすることはできません。自分の人生を取り戻すためにも、何事も自分で決めて責任を持って生きていくことが求められるのです。

強迫性パーソナリティ障害

強迫性パーソナリティ障害を持つ人たちは秩序や規則、ある種の基準に対してとてもきっちりしています。

このタイプは、仕事に対しても極めて順序に則って遂行するので仕事の評価が高かったり、また道徳心や倫理観も高い基準を持っているので、対人関係においても信頼に値する人が多かったりします。

ところが何事も自分のやり方や流儀にこだわりすぎてしまうため、時には周囲に対しても同様のことを押し付けたり求めたりしてしまい、周囲としては不自由に感じ、息苦しくなってしまうこともあります。

強迫性パーソナリティ障害の人は融通の利かない、いわば職人気質が仇となり、変化の多い時代に適応しづらく心を病んでしまうことも多いと言われています。

もう一つ、強迫性パーソナリティ障害の人の特徴として、物を捨てられないということがあります。その物が本人にとって何か特別なものであるなしに関わらず、将来のために役に立つかもしれないという思い込みや現状を変えたくないという気持ちから物を溜めこんでしまうのです。

彼らは自分の価値観に囚われてしまい周りが見えない状態になっていることがほとんどなので、周囲にいる人の接し方としては、選択肢を多く提案してあげて、別の見方を提供することが求められるでしょう。

今回、パーソナリティ障害の種類、特徴、接し方などを中心に紹介しました。

ここで注意してほしいのが、パーソナリティというのは誰もが持っているもので、パーソナリティ障害というのはそういった誰もが持っているパーソナリティが強く表れてしまい、社会に適応して生きていくのが難しいということが問題なのです。

そのため日常生活に支障をきたしておらず、周囲に対して著しい迷惑をかけていなければ無理に変える必要はありません。

また病院に行ってもすぐにパーソナリティ障害と診断されることはほとんどありません。ホルモンバランスの関係もあるかもしれませんし、その他の精神疾患の可能性もあるでしょう。何よりパーソナリティ障害は、これまで歩んできた生活史が必要になるので、限られた短い診察の中で下すのは誤診のもとに繋がってしまいます。

パーソナリティ障害の背景には個人的な要因の他にも社会的な要因の関与が指摘されています。つまり現代社会の構造や価値観の変化に個々人が持っているパーソナリティが適応できなくなってしまっていると言い換えることができるのかもしれません。

症状に悩まさせる当事者も辛いですが、その周りにいる人も別の意味で辛い思いをして過ごしていることもあります。

この機会に一人ひとりが自分のパーソナリティに向き合い、そしてパーソナリティに責任を持って人生を大切に生きてほしいと切に思います。

参考文献

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