不安障害を主なテーマに、その症状や原因、治療法などについて、当事者や家族だけではなく、不安障害そのものを知らない人に向けて正しい認識や理解を目指して情報を発信しています。

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社交不安障害と対人恐怖症の違いは!?症状、原因の違いを分かりやすく

社交不安障害という名前よりも、対人恐怖症という名前の方が日本においては馴染み深いのではないでしょうか。

もともと対人恐怖症という概念が日本で発展したということもあり、海外から入ってきた社交不安障害(社交不安症)の概念と類似点を持ちながらも、完全に一致できない部分を含んでおり、今日でも対人恐怖症という名称が残っていると考えられます。

コミュニケーションが複雑化した現代、人に対する目配り心配りという日本ならではの文化的背景、人との比較の中で生きている窮屈な日本人の特性が対人恐怖の状態をより一層招いていると考える人も少なくはないと思います。

また特に最近では、対人恐怖症そのものが俗語的な意味を含んで、コミュ障(コミュニケーション障害の略)やアスペ(アスペルガー障害の略)と並んで、人付き合いの面倒くささを隠す、隠れ蓑のように使われてる機会も増えてきています。

もちろん対人恐怖症という概念は、特定の恐怖症のひとつとして十分に考えられることができます。

また森田療法で有名な森田正馬先生が世界に対して発信してきた精神疾患のひとつですので、客観的に見ても、対人恐怖によって本人が日常生活に何らかの支障をきたしているのであれば看過できないものです。

ところで当事者にしてみれば、対人恐怖症だろうが社交不安障害だろうが、その症状さえ治れば病名なんてどうでもいいだろうと思ってしまう人もいることでしょう。

私自身もまた、「病名なんて医者が薬を処方するためにつけたラベルみたいなもの」と思っていました。

しかし何が辛くて、その症状のせいでどういったことに支障が出ているのか、その点で言えば、原因を把握し、症状を理解し、治療を円滑に進めるために環境を整え、周囲の理解を得るためには、こうした個々の病名というのは威力を発揮します。

今回、より治療が円滑に進むためにも、周囲の理解が得られやすくなるためにも、「社交不安障害と対人恐怖症は分けて考えた方がいいのではないか」という視点から、両者の違いを確認していこうと思います。

社交不安障害と対人恐怖症の似てるところ、違うところ

社交不安障害と対人恐怖症の類似点と相違点を見る前に、対人恐怖症とはどんなものを言うのか見ていきます。

昔から言われている対人恐怖症というのは、人前に出ることで「異常に緊張してしまう」、「顔が赤くなってしまう」、「言葉がうまく出てこない」、「体が震える」、「表情がひきつる」などの悩みを抱えており、そのことについて当事者自身もまた強く意識しています。

こういった症状を訴える人というのは、どちらかというと緊張しやすいタイプで、緊張型の対人恐怖として捉えることができます。

そのため緊張せずに自然体でいられる相手、例えば家族や彼氏(または彼女)などと一緒にいる時には、不思議なことに不安を生じることがないので、いつも通りの生活を送ることができます。

比較的多くの対人恐怖症の人が「甘え」や「怠け者」と揶揄されるのは、こうした状況によって症状が出たり出なかったりするからです。

また一方で他人には認識できないけれど、当事者の妄想的ともいえる確信が当事者の中に存在し、それが元で対人恐怖を招くケースもあります。

どういうものかというと、「自分の体臭が相手を迷惑をかけているのではないか」、「自分の醜い顔が相手を不快にさせているのではないか」など、自分の身体的欠点を理由に人と接する場面で著しく恐怖や不安を感じるというものです。

このケースでは、確信型の対人恐怖として捉えることができます。

緊張型にしても確信型にしても、歴史的にはどちらも「対人恐怖症」と呼ばれてきたものですが、日本に社交不安障害の概念が入ってきたその当時は、対人恐怖症というのは日本の文化に根付いた「文化結合症候群」とも考えられていました。

しかし研究が進み、かつて対人恐怖症と呼ばれていたものが、海外で考えられていた社交不安障害と類似する点が多々あることが分かり、対人恐怖症に取って代わって社交不安障害(※その当時は社会恐怖)という新たな診断名が付けられるようになったのです。

ここで、対人恐怖症に詳しい笠原敏彦医師の著『対人恐怖と社会不安障害』を参考に、これらのことをまとめると以下のようなベン図ができます。

社交不安障害と診断される対人恐怖症(緊張型)

特徴として、以下のような症状や訴えが見受けられます。

  • 対人場面で注目されたり、恥をかいたりすることを恐れる
  • その恐れは人前での発表やパーティーなどで顕著に表れる
  • 赤面、震え、発汗、吐き気などの身体的変化を伴う
  • こうした症状の原因は自分の性格によるものだと思っている
  • 対人場面を回避し、社会的に孤立している

「対人場面で注目されたり、恥をかいたりすることを恐れる」、「赤面、震え、発汗、吐き気などの身体的変化を伴う」などは社交不安障害の診断基準に合致します。

社交不安障害と診断されない対人恐怖症(確信型)

特徴として、以下のような症状や訴えが見受けられます。

  • 自分の身体的な欠点があって、それにより周囲の人に不快感を与えていると感じる
  • また自分の身体的な欠点によって、相手を傷つけていると強く思っている
  • 周囲の人の態度から見ても自分が不快感を与えていたり、傷つけたりしていることは明白である
  • 対人場面を回避し、社会的に孤立している
対人恐怖症とは診断されない社交不安障害

特徴として、以下のような症状や訴えが見受けられます。

  • 対人場面で注目されたり、恥をかいたりすることを恐れる
  • その恐れは特定の状況において顕著に表れる
  • その恐れが原因で人前に出ると強い不安を感じる
  • 身体疾患の存在を恐れたり疑うことがある
  • 対人場面を回避し、社会的に孤立している

①や②と違うのは、身体的な病気の存在を恐れたり、また疑ったりすることがある「疾病恐怖性」というものが表れていることです。

例えば、「人前で嘔吐してしまうのではないか」という不安や恐怖を、「胃腸に何か病気があるのではないか」と思ったり、また人前で尿意が頻繁に起こるのを、「膀胱に何か病気があるのではないか」と思ったりするのが疾病恐怖性というものです。

社交不安障害に関連する論文にあった事例を参考にすると、このようなケースがありました。

自分が咳をする音が原因で人前に出られず、常に対人場面を回避し、さらには家族や親しい友人とも接触できずにいました。訴えとしては社会生活への復帰よりも、自分自身が咳に対して敏感に反応してしまうことについて根本的に治療してほしいということでした。

この事例では咳に対して敏感に反応してしまうことへの辛さが背景にあり、自分の身体的なものに対する恐れや疑いが強く表れていると言えるでしょう。

ここまで社交不安障害と対人恐怖症の関係性を見てきましたが、実際のところは確信型の対人恐怖の中にも、自分の雰囲気や態度そのものが相手を不快にさせるのではないかと訴える事例もありますし、緊張型の人でも治療経過の中で違う恐怖が身を潜め、別の恐怖が表れるケースも十分にありえます。

また『DSM-5』になってからは「他者の迷惑になるだろう」と恐れることが社交不安障害の診断基準に追加されたので、③の領域が小さくなり①の領域が大きくなっています。

ところで社交不安障害の枠に入らない対人恐怖症はどのように考えていけばいいのでしょうか。

個人的な見解ではありますが、その点こそが現在の精神医学で見受けられる社交不安障害と対人恐怖症の大きな違いとなりそうです。

醜形恐怖症の可能性

社交不安障害の枠に入らない対人恐怖症は「強迫性障害」の可能性がでてきます。

そして強迫性障害の中でも、醜形恐怖症または身体醜形障害に該当するのではないかという考え方があります。

美容整形が巷にあふれかえっているので、醜形恐怖症というのは一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

醜形恐怖症の場合、自己意識としては対人関係のやり取りによる不安、コミュニケーションのスキル不足にあてられるのではなく自分の身体に焦点が当てられます。

だからこそ自分の身体的な欠点(例えば自己臭や容姿)によって、相手を傷つけていると強く思ってしまうのです。

また症状の程度にもよるので一概には言えませんが、自分自身の醜形が他者に不快感を与え、「他の人から避けられている」、「嫌がられている」という他者中心的な考えから、「醜い自分自身の存在が許せない」という自己中心的な考えに重点が移動することもあり、徐々に人前にでることを避け、ひきこもりに繋がっていく可能性があります。

醜形恐怖症になってしまう背景には、人格形成の時期に顔貌やスタイルについていじめを受けたトラウマが大きな要因として考えられます。

こればかりは当事者の根深い問題でもあるので、一朝一夕に解決できるものではありません。

病名として残る社交不安障害と俗語として残る対人恐怖症

個人的な見解ですが、今後は「社交不安障害」は病名として、「対人恐怖症」は俗語として残っていくのではないかと思います。

社交不安障害に関して言えば、現在は治療可能な意味を持たせるということで「社交不安症」という診断名にその名称を変えていくことが推奨されています。

それゆえ、社交不安障害あるいは社交不安症は今後も臨床の現場で用いられ続けていくことでしょう。

一方で対人恐怖症に関して言えば、これまで日本が独自で研究してきた分野です。海外から社交不安障害の概念が入ってきたとしても、対人恐怖症の研究が無駄になることはなく、むしろ社交不安障害の治療に参考になることも多いと思います。また対人恐怖症のほうがより日本の文化に根付いています。

ただ医療現場では社交不安障害や社交不安症という言葉が用いられることを踏まえると、日本文化に根付いている対人恐怖症は、俗語的な形で、例えば、コミュ障(コミュニケーション障害の略)やアスペ(アスペルガー障害の略)と同様に、人付き合いの面倒くささ、上手くいかない対人関係を表す時などに便宜的に使われるのではないかと感じます。

今回は「社交不安障害」と「対人恐怖症」の関係性について考えてみました。

海外から社交不安障害という病名が黒船のごとくやってきたということもあり、国内で発展をとげてきた対人恐怖症の位置づけについてどのように捉えたらいいのか分かりにくい部分もあると思います。

対人恐怖症を細かく見ていけば、どういった症状に苦しみ、また原因となるものについて、多少なりとも違いが見てとれます。

さらに言えば、社交不安障害、対人恐怖症ともに、必ずしも「人と接したくない」というわけではないのです。むしろ人と接したい気持ちを抱えながらも、そこに行きつく過程で大小様々な障害があり苦しんでしまうのです。

そして日常生活の質を著しく低下させ、ひいてはひきこもりになり、さらには自殺に至ってしまう例も実際にあるのです。

当事者はとても苦しい思いをしています。それを周囲の無理解がさらに追い打ちをかけるようなことになってはいけません。

症状というのは一人ひとり違っており、明確に線を引けるものではありませんが、周囲にいる人の理解を促すという意味で、今回は社交不安障害と対人恐怖症の違いを簡単に述べてみました。

当事者、支援者の頭の片隅に少しでもひっかかってくれたらうれしく思います。

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