不安症ラボ

不安症に関する知識を集約し正しい理解を目指す特化サイト

更新が滞っていましたが、その間サイトデザインなどを大幅リニューアルしました。タイトルも医療の流れに倣って「不安障害ラボ」から「不安症ラボ」に改名いたしました。なおリニューアルに伴い一部の記事を非公開としていますが、随時公開していこうと思いますので、それまでしばらくお待ち下さい。

  1. 不安症ラボ
  2. 運営者情報

運営者情報

    サイト名不安症ラボ
    サイトURLhttps://fuan-labo.net/
    サイト運営者イメージ
    profile
    サイト運営者ミヤシタソウジ
    問い合わせ先soji.miyashita★gmail.com

    サイトに関するご意見・ご要望・広告掲載のご依頼等がありましたら連絡をお願い致します。尚、迷惑メールが多発しています。防止策として問い合わせ先に記載されているアドレスの@を★に変えてありますので、連絡の際には@に直したうえでメールを送信して下さい。

    サイト運営者について

    当サイトを運営しているミヤシタソウジです。

    このページを開いたということは、少なからず私がどういう人物なのか気になったということではないでしょうか。

    また不安症に特化したサイトを運営しているということで、もしかしたら運営者自身が何かしらの不安症を抱えているのではないかと思った人もいると思います。

    実は私自身、社交不安症に苦しんだ当事者経験を持っており、今でこそいくぶん症状が治まっていますが、状況次第では、まだ辛い症状に苦しむことがあります。なお薬は頓服のみで日々生活しています。

    社交不安症について知っている方なら症状もよくご存知だと思いますが、私の場合、外食そのものの機会や皆が一堂に介して食事をする機会が辛い「会食恐怖」、外を歩いていると人の視線が著しく気になったり、自分の視線が相手に不快を与えているのではないかということで、多くの人が集まるような場面や人と接する状況が辛い「視線恐怖」というものです。

    この二つの症状が主で、それに伴い苦しい身体症状があります。

    社交不安症に該当するこのような恐怖は「遺伝的要因」、「環境的要因」、「社会的要因」などが考えられていますが、確かに私自身の気質や育った環境を考えると思い当たることが多々あります。

    このページでは簡単なプロフィールとして、私が社交不安症になってしまった要因、生い立ちなどについてご紹介したいと思います。

    運営者の生い立ち

    「いい子」という看板を背負った幼少期

    ひとりっ子で育ち、両親は共働き。幼いながらも親に迷惑をかけてはいけないという思いを持って育ちました。

    小さい頃のエピソードにこのような出来事があります。保育園に通っていた私は、同じ組のみんなが外遊びをする時、みんなの脱いだ内履きを1人で丁寧に並べたり、ひとりぼっちでいる子がいればその子と一緒に遊んだりしたりと、周りの子は遊びに夢中なのにどこか自分だけは大人びた行動を取って、周りの空気を読むことに長けた園児でした。

    そんな出来事を繰り返していくうちに周囲の大人たちからは「いい子」という見方をされ、また幼心に、母親がそのことを嬉しく思っているのを感じ、それ以来、私は「いい子」という看板を背負って生きていくことになります。

    「いい子」であることが必ずしも社交不安症を引き起こす要因というわけではないものの、この「いい子」という看板が、それからの人生に足かせとなって響いてきます。

    会食恐怖を感じた小学生の頃

    「会食恐怖」の要因やきっかけについて社交不安症に関する書籍を読むと、「給食に対して強い不安があったこと」、「食事のマナーが厳しすぎて食事の機会が苦手だったこと」などの理由が掲載されています。

    私自身もまさに同様のケースで苦しんできました。

    もう少し詳しく述べると、私の場合、会食恐怖を感じたきっかけというものが小学3年生頃の給食にありました。

    夏休み明けの給食のことです。その時、体調不良から全く食欲がなく、胃がムカムカして気持ち悪かったということもあり給食を残してしまいました。

    体調不良による食欲のなさは誰にでもあるもので、翌日から普段通りに給食を食べられるものだと思っていました。

    しかし給食を残したことに罪悪感を覚えてしまった私。またそのことについて誰にも相談出来ず、次の給食も同じようなことになるのではという思いがこみ上げ、給食の時間になると不安と緊張から喉元が締めつけられる感覚、そしてえずくことが多くなっていきました。

    当時は会食恐怖という言葉も知らず、給食の時間が嫌で何かと理由をつけて休んでいたこともありました。

    この時、社交不安症の特徴でもある「回避行動」をとっていたんだと思いました。

    いじめの経験、そして視線恐怖を感じた中学・高校時代

    中学と高校と、私自身いじめの被害を受けています。だからこそ、最近のいじめを理由に自殺してしまうニュースを聞くとそのたびに心が痛くなってしまいます。

    中学の時、当時1年生だった私は、3年生の不良たちに目を付けられ廊下で会うたびにいじめを受けていました。

    日々、不良たちによるいじめ行為、また相手は集団で襲ってくるので個人では何もできず、学校では常に不良たちの行動を観察するようなビクビク怯えた生活を送るようになり、それに加えて不良たち以外の人の行動にも敏感に反応するようになっていきました。

    気が休まることのない学校生活、もちろん、いじめによるストレスも相まって規律性調節障害や自律神経失調症に苦しみました。

    また高校の時、高校生になれば環境も変わるため、いじめもなくなるだろうと思っていました。

    ところがいじめをする人が変わっただけでいじめは続きました。人前で無理やりズボンとパンツを脱がされたり、時には金銭的な要求もありました。

    はたから見れば、いじめを受けているなら転校したり登校拒否したりすればいいと思うかもしれません。

    しかしいじめを受けている人の心理というのは、いじめを受けていることを誰かに伝えられない状況になっていたり、人を信じられなくて誰に相談していいのか分からないことがあるのです。

    私のケースでは、いじめを受けていたことは親に隠していましたし、また「いい子」を演じ、親の期待にこたえたいという想いから学校に行かないという選択肢はありませんでした。

    社交不安症を知った大学卒業後

    キャンパスライフというと学業に勤しみ、サークルやバイトを頑張り、恋愛を楽しむといった、まさにリア充という言葉が似合う生活だと思いますが、私のキャンパスライフは、そのほとんどが自宅と大学の往復でした。

    人と関わることに対しての強い恐怖、そしてトラウマを強く感じており、なるべく人と会わないような行動を取っていた果てに、そのような生活になってしまったのです。

    就活の時期になっても、人を目の前にして面接するというシーンを想像するだけで、本来ならば落ち着ける場所である自分の部屋にいても、吐き気やおう吐、呼吸困難などの症状に見舞われることがありました。

    私自身でもどこかおかしいと感じながらも、それでもなんとか行動を起こすのですが、やはり上手くいかず、結局は自信喪失になり本来積むべき成功体験を積むことができずに、その流れから回避行動を取って最終的に大学卒業後は、「ひきこもり」になりました。

    自宅にひきこもっていた時は常に自責の念に駆られ、自分がなぜ生きているのかを延々と考えたり、時には自分の命を断とうとしたこともありました。

    振り返ってみると、年単位でひきこもっていましたが、自分が不安症のひとつ社交不安症(その当時は社会不安障害)であることを知り、自分の抱えている心の病を認識することになったのがこの頃です。

    それからは処方された薬を飲んだりカウンセリングを受けたり、さらには自分なりに関連書籍や論文を漁って社交不安症について詳しく調べたりするようになりました。

    現在では症状も快方に向かい、社交不安症について色々調べたのをきっかけに、不安症に分類されるパニック症(パニック障害)や分離不安症(分離不安障害)についても関心を持っています。

    またここ最近では、不安症とも結びつきやすい人の特性(HSPや過剰同調性など)や生育環境が生む愛着障害についても関心があり、不安症を様々な視点から考えています。

    そして自分の経験したこと、学んだこと、小さな力かもしれませんが、同じように苦しんでいる人に対して少しでも役に立つことがあればと思い、このサイトを立ち上げました。

    当事者目線で書いた記事も数多くあります。治療の参考であったりモノゴトの考え方であったり、そういったことで役に立てば嬉しい限りです。

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